兄貴の領域
弟の卓人は、4月から中学生になる。そして俺は、4月から大学生だ。中学校の入学式まで、あと2週間。弟はそのタイミングで、長年続いたおねしょが止まった。
卓人はこの半年で随分背が伸びて、顔つきも大人っぽくなっていた。
1番大きく変わったのは、最近になって俺を「兄貴」と呼ぶようになった事だ。少し前から俺は、彼の「お兄ちゃん」から「兄貴」へと変貌を遂げたのだった。
もうすぐ中学生になるから、あいつはそれを意識して成長を急いだのかもしれない。
夜になってベッドに寝そべると、言いようのない寂しさが込み上げてくる。
卓人はいつも夜中になると俺のベッドヘ潜り込んできたのに、突然その習慣をやめてしまった。
それにしても皮肉だった。彼は1人で寝るようになったら、すぐにおねしょが止まったんだ。
少し前までなら、今頃弟がやってきて、ベッドに潜り込むところだ。でも今はどれだけ待っても、彼がやってくる事はないだろう。
だから俺は、暗闇の中で目を閉じた。
卓人のおねしょが止んだ今、もう俺の役目は終わりだった。長年おねしょの後始末をしてきたが、もうその必要はないからだ。
ベッドの右端に寝る必要も、もうなくなった。いつもは彼が左側で眠るから、そっちは空けておいたのに。
こうして目を閉じると、どうしても弟の姿が浮かんでくる。
俺は卓人が好きだった。
あいつの気配を側に感じながら、ベッドで眠るのが心地良かった。
その幸せな時間を失ったのは寂しかったが、これで自由にマスターベーションができる。あいつと一緒に寝ていた時、それに関しては不自由だったんだ。
けれど溜まった性欲を吐き出すためには、卓人の存在が必要だった。
あいつの事は大抵知っている。だから手の届く所にいなくても、すべてを思い浮かべる事ができる。
丸い目と薄い唇。首筋のほくろと細長いへそ。そして柔らかい尻と、控えめな大きさのペニス。
卓人がぐっすり眠っている時に鼻をつまんでやると、少し怪訝な顔をして、すぐに寝返りを打った。
でも本当は、鼻よりももっと別な所を触りたかった。今なら自由に、あいつに触れられる。だから今から、それを実行する。
パンツに右手を入れると、もう俺の準備は整っているのが分かった。これから小刻みに右手を揺らして、妄想の中で思いを遂げる事にする。
卓人はまたおねしょをした。すぐに濡れたオムツの処理をしてやらなければならない。
なのにあいつは、それを嫌がって抵抗する。俺が捕まえようとすると、ベットの上を転がって、追っ手を逃れようとするのだった。
「どうして逃げるんだ?」
俺はそう言ってやるけれど、本当は理由が分かっていた。卓人は羞恥心が芽生え始めていて、オムツを剥ぎ取られるのが恥ずかしいんだ。
それでもベッドは狭いし、あいつは痩せっぽちで俺よりずっと小さいから、あっという間に捕まってしまう。
「捕まえた!」
後ろから両手で腰を引き寄せ、無理やりオムツを下ろそうとする。卓人は足をバタバタさせてまだ抵抗を続けるが、俺の力に屈服するしかないのだった。
「嫌だよ! 離して!」
泣き出しそうな声で叫ばれると、すごく興奮する。
濡れたオムツに手を入れると、小ぶりなペニスに指が触れた。俺はそれを、ゆっくりと擦ってやるんだ。ちょうど今みたいに、ゆっくり、ゆっくりと。
「あぁ……!」
卓人は感じてしまい、さっきと違った悩ましげな声を上げる。
もう足をバタバタして抵抗したりはしない。ただ俺に身を預け、されるがままになっている。
あいつの頬は上気していた。目はうつろで、口は半開きだ。
俺は卓人の唇を奪った。彼はチョコが好きだから、キスの味はとても甘い。
いきなり口を塞がれて、あいつは声を出せなくなった。
もう右手は少し濡れている。そろそろ限界が近付いている。
卓人、気持ちいいか? 俺は気持ちが良すぎて、もう果ててしまいそうだよ。
この時から、右手を揺らす速度を一気に上げた。もうすぐだ。もうすぐ歓喜の瞬間がやってくる。
そう思った時、突然部屋のドアが開いて、俺は心臓が止まるかと思った。
廊下の灯りが部屋に差し込んで、逆光の中に人の姿を見た。
人影は真っ黒でその表情は見えなかったが、それが卓人のシルエットである事はすぐに分かった。
「兄貴、まだ起きてた?」
弟はそう言って後ろ手にドアを閉めた。
その瞬間部屋の中が真っ暗になったので、壁のスイッチを押して間接照明に灯りをともした。するとすぐに、ベッドの付近に弱い光が放たれた。
弟は黒のジャージ姿だった。それは寝る時のスタイルだ。卓人はそのまま歩み寄り、以前と同じようにベッドに潜り込んできた。
入学式を控えて、彼は髪を短く切っていた。
そのせいか、顔の輪郭がシャープに見える。愛らしい目は昔のままだったが、表情はやけに大人っぽくなったように感じる。
それでも中身は子供だから、心身のバランスが危うい所があった。今は成長を急いでいる時なので、余計にそう思うのかもしれないが。
「眠れないのか?」
「うん」
「ここなら眠れそう?」
「1人は嫌い。兄貴と一緒がいい」
一度止まりかけた心臓が、大きく脈を打っていた。卓人がそんな事を言ってくれるとは、思ってもみなかった。
「僕、髪を切りすぎたかな?」
「よく似合ってるよ」
俺は必死に兄貴を演じていた。
マスターベーションのクライマックスから、突然現実に引き戻されてしまったが、これがまさしく真実だった。俺と卓人は、兄弟なんだ。
弟は元気がないように見えた。全然笑わないし、なんとなく伏し目がちだった。短い髪が乱れていても、まったく気にする様子もない。
「何かあったのか?」
すぐに尋ねてみたが、返事はなかった。卓人は布団をかぶって、その身を隠してしまった。
俺はすっかり萎えていた。こんな事では、自由な夜は望めない。 そう思うとため息が出たが、弟が戻ってきてくれた事は、やっぱり嬉しかった。
卓人が寝たようなので、俺も寝る事にした。枕に頬を埋めて目を閉じる。しかしすぐに、また起こされた。
「さっき、オムツを着けてきた」
その声を聞いて、目を開けた。
布団を蹴って顔を出した卓人が、不安げな目で俺に何かを訴えかけていた。
「おねしょが復活したのか?」
「昨日の夜、パンツを濡らしちゃった。これで2回目」
「そうか。だからまたオムツに変えたんだな?」
「でも……ちょっと変なんだ」
「何が?」
「……ううん。なんでもない」
卓人は歯切れが悪かった。すぐに会話を終えると、また布団をかぶって身を隠してしまった。
その後俺は、なかなか寝付く事ができなかった。
マスターベーションが中途半端に終わって欲求不満だったし、久しぶりに卓人とベッドを共にする緊張感もあった。
彼は寝相が悪く、しょっちゅう大きく寝返りを打つ。そのたびにドキッとしてしまい、ちっとも寝付く事ができないのだった。
それなのに、卓人は涼しげな顔をしてスースーと寝息を立てていた。 首筋のほくろを触ったり、少し頬に触れたりしても、熟睡していてまったく起きる気配がない。
俺はこいつの寝顔を眺めるのが好きだった。無防備で、少し微笑むような寝顔を見ていると、なんだか心が温まってくる。
卓人と同じベッドで眠る事ができて、本当に幸せだ。明日はどうなるか分からないから、なるべく長く寝顔を見ていたかった。
仰向けになった彼が寝返りを打って、体を俺の方に寄せてきた。嬉しくなって弟を抱き寄せると、心も体も温かくなった。
「お兄ちゃん……」
囁くようなその声で、胸が高鳴った。
寝言とはいえ、ドキドキした。こいつに「お兄ちゃん」と呼ばれるのは、久しぶりだったからだ。
俺はこっそり卓人の頬にキスをした。それから起こしても構わないという勢いで、痩せた体をきつく抱きしめた。
中学生になれば、こいつは今よりもっと成長して、そのうち兄貴を必要としなくなるだろう。
弟として抱きしめる事ができるのも、今がギリギリの年齢だ。だから今夜は、朝まで彼を抱きしめて眠りたいと思った。
俺もやがては眠りに着いた。最後に時計を見たのが午前3時だったから、そのあとすぐに眠ってしまったのだろう。
ある時俺の腕の中で、何かが動く気配がした。
薄目を開けて様子を伺うと、すごく近い所で弟と目が合った。その時まだ日は昇っていなかった。
卓人の頬は上気していた。俺はこいつを抱きしめたまま眠っていたようだが、彼は俺を突き放そうとしているように見えた。
「ねぇ、離して」
恥ずかしそうに小声で言うのを聞いてピンと来た。どうやら卓人は、オムツを濡らしてしまったようだ。
「起きろ。オムツを替えてやるよ」
彼を開放して体を起こすと、卓人はすぐにベッドを下りようとした。しかし俺はそれを許さず、後ろから両手で彼の腰を引き寄せた。
「やめて! お願い!」
想像通りに抵抗を見せた。 足をバタバタ動かし、なんとかして逃れようとするけれど、そんな事をしても無駄なのは今までの経験で分かっていたはずだ。
「暴れるなよ。そんなに恥ずかしがる事ないだろ?」
「嫌だ! 今日だけは嫌!」
泣き出しそうな声で叫ばれると、だんだん興奮してきた。でも今はしっかりと、兄貴を演じなければならない。
右手をオムツの中に突っ込んで、暴れる卓人を押さえながらオムツを少しずつ少しずつ下げた。
しかし今夜は、いつもと何かが違った。
オムツの中から、白い糸が引いていた。そして俺の手は、かなりベトついた。
卓人はもう抵抗しなかった。ただ顔を真っ赤にして、俯いているだけだった。俺はこんな形で弟の成長を目の当たりにした。
その時眠る前の記憶が突然蘇り、心臓が大きく脈を打ち始めた。
「お兄ちゃん……」
囁くようなその声が、耳にはっきり残っている。
卓人は寝言でたしかに俺を呼んだ。まさか。まさかこいつは、俺の夢を見ていたのか?
昨夜パンツを濡らしたのも? もしかして、それも俺のせいだったのか?
弟はずり下げられたオムツを静かに引き上げて、射精の証をそっと隠した。俺は羞恥心に負けそうな卓人を、両手できつく抱きしめた。
今すぐ彼に聞きたい事があった。どうしても、確かめずにはいられなかった。
「卓人、お兄ちゃんの事……好きか?」
俺は半分自信を持ち、半分不安を持って問いかけた。
卓人は弱い光の下で俺に視線を向け、呆れたような、戸惑ったような、複雑な表情を見せた。
「お兄ちゃん、そんな事も知らなかったの?」
ため息交じりにそう言われた。こいつの事は大抵分かっていると思ったのに、肝心な事を知らなかった。
もう我慢ができなくて、すぐに彼の唇を奪った。だが妄想とは少し違っていた。キスの味は、チョコのように甘くはなかった。
急に始めてしまったから、卓人は少し戸惑っていたのかもしれない。
弟も、俺に聞きたい事があったようだ。彼は一旦俺を突き放し、息を荒げながら問いかけてきた。
「お兄ちゃん、僕の事好き?」
「そんな事も知らなかったのか?」
「この事、お母さんには内緒だね?」
「そうだ」
短い会話が済むと、再びキスをした。卓人は俺を求めていたし、俺も卓人を求めていた。
それからすぐに、2人してベッドに倒れ込んだ。
この時俺は、兄貴の領域を超えた。でも、だからなんだというんだ。こんな事は、愛し合う連中なら誰だってやっている。
ベトつくオムツに手を入れると、小ぶりなはずのペニスが大きく膨らんでいるのを知った。
俺は右手を揺らし、それをゆっくりと擦ってやるんだ。さっきみたいに、ゆっくり、ゆっくりと。
「あぁ……!」
弟はキスを終えた途端に声を上げた。体をくねらせ、快感に耐え、やがて訪れるその時を待っているようだった。
頬は上気していた。目はきつく閉じられていて、口は半開きだ。
右手に感じる印象で分かる。きっとこいつは、長くはもたない。でも俺は、手を緩めるつもりは毛頭なかった。
「気持ちいいか?」
「うん。もっとして」
要求に応えて、右手を揺らす速度を一気に上げた。もうすぐだ。もうすぐ歓喜の瞬間がやってくる。
仰向けになった弟の体が痙攣を始めた。ベッドが軋む。額には、薄っすらと汗が光っている。
卓人が唇を噛んだ。体を翻して、俺の胸にもたれかかる。
もしかすると、夢の中では俺の胸で果てたのかもしれない。
「お兄ちゃん……」
囁くような声でそう言われ、弟の体の力が抜けていくのを感じた。
俺の手に、生温かくベトついたものが纏わり付いた。
卓人はまた射精してしまった。すぐに濡れたオムツの処理をしてやらなければならない。
おねしょが止まっても、俺の役目はまだ終わらないようだった。
ベッドの左側は、これからも空けておく。そこは永遠に、卓人の居場所だから。
END