明日もどこかで
 広い本屋の中には有線放送が流れていた。それは眠たくなるようなクラシック音楽だ。
天井まで届きそうなほど背の高い本棚には、マンガの単行本がぎっしり詰まっている。 でも時々隙間が空いているのは、誰かが本を取り出して立ち読みしているからだ。
早速僕も立ち読みしている人たちの列に加わり、それほど興味のないマンガの本を手に取ってパラパラとめくってみた。
夕方4時の本屋は大盛況だった。 でもその大半が立ち読みしている客なので、実際に本が売れているのかどうかはよく分からなかった。

 しばらく立ち読みを続けている間に、背中の後ろを何人もの人が通り過ぎていった。
素早く左右に目をやったところ、他の客は皆真剣に本を読んでいる様子だった。
僕のすぐ右側には耳にピアスをした大学生風の男がいた。彼はメガネのレンズを通して野球マンガを黙読していた。
そして僕の左側にはスーツを着たサラリーマン風の男がいた。彼は時々腕時計を見つめて時間を気にしながらもやはり何かのマンガを 黙読していた。
僕の両側にいる人たちも、店内をウロウロする人たちも、誰も僕の事なんか見ていない。 チビな中学生が立ち読みしているからといって、誰も気にする事はない。
この本屋は静かすぎないのがいい。 店内に流れるクラシック音楽は結構ボリュームが大きくて、本屋に集う人たちのざわめきをかき消す役目を果たしている。
6月半ば。外は暑い。 でも本屋の中は冷房が効いてものすごく涼しかった。 ここに集う人たちの中には、この涼しさを求めてやってくる人もきっと多いのだろう。
冷房があまりにも強いので、半そでのワイシャツから伸びる僕の腕がだんだん冷たくなってきた。
体は冷えてきたし、周りの人たちは本を読む事に集中している。誰も僕の事を気にする人なんかいない。 だから、そろそろやってしまおう。

 僕は本棚の前に立ってマンガを読み続けながらおもらしをした。
ついさっき缶ジュースを一気飲みしたせいか、膀胱の中にはたくさんの水がたまっていたようだ。そのおかげで、今日のおもらしは長々と続いた。
最初はちょっとずつもらして、そのうちもう止められなくなって、とめどなくおしっこが出た。 でもおしっこの音は店内に流れる優雅なクラシック音楽にかき消されていた。
その間、僕の後ろをたくさんの人たちが通り過ぎていった。時々誰かの腕が背中にぶつかったりもした。
僕はそんな時でも構わずおもらしを続けていた。
すっかり放尿が終わると、僕はすごく満足して手に持っていたマンガの本を閉じた。その時僕が持っていたのは、普段なら絶対に読まないSFマンガの本だった。
僕のそばにいる人たちは、ずっと夢中でマンガの本を読み続けていた。
どうやら今日も成功だ。
左右に立つ人も、背中の後ろを通り過ぎていく人も、近くにいる人も、遠くにいる人も、 誰も僕がおもらしした事に気づいていないようだった。
天井から照りつける明かりがすごく眩しい。腕時計を見つめると、4時を20分過ぎていた。

 もうそろそろ家へ帰ろう。
僕はそう思い、手にしていたマンガの本を静かに本棚の隙間へ戻した。
本屋の出口へ向かう途中には、いったい何人の人たちとすれ違ったか知れない。でもやっぱり僕のおもらしに気づく人は誰1人いなかった。
僕はその事がすごく嬉しくて、思わず薄笑いを浮かべた。そして黒のズボンをはいたまま堂々と歩き続けた。
ズボンの下に隠されたオムツはとても重くて温かかった。僕はその温かさを噛み締めながら、明日の事を考えた。
明日はいったいどこでおもらししようか。できれば人がたくさんいる場所がいい。
大勢の人がいる場所で誰にも気づかれずにおもらしする事。それが僕の趣味だった。
今までオセロに凝ったりマンガに凝ったりいろんな事に興味を示した僕だけど、15歳になった今は公衆の面前でおもらしする事が 1番の趣味になっていた。
人前で誰にも知られずにおもらしする事は、ものすごく快感だ。
これは多分、ドラッグをやるよりもずっとずっと気持ちがいい。

 しばらく歩いていくと、本屋の出口が見えてきた。
重いガラス戸の向こうには、真っ青な空が広がっている。
とても明日まで我慢できそうにない。
本屋を出たら、もう1本缶ジュースを買って一気飲みをしよう。そして帰りの電車の中で、もう一度オムツを温めよう。
END

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