内緒の儀式
 松田くんとの初めてのデートの日。僕はその帰り道でおもらしした。
あの時僕と彼は月明かりを頼りに手をつないで暗い夜道を歩いていた。
街路樹の葉は春の風に揺れていた。外は涼しかったけど、松田くんの手はとても温かかった。
僕たちは2人きりになりたかったから、わざと人気のない裏通りを選んで歩いていた。
「おしっこしたい」
僕がそう言えなかったのは、単純に恥ずかしかったから。それにどうしても彼の手を離したくなかったからだ。
突然僕が立ち止まった時、松田くんは僕がおもらしした事にすぐ気付いた。
月明かりは僕の濡れたジーンズと足元に広がっていく水たまりをしっかりと照らしていた。
彼は足を止めて僕がおもらしする様子をじっと見ていた。
土の上にどんどん広がる水たまりは、彼の足元にまで届きそうだった。
しっとりと濡れた紺色のジーンズには膝のあたりまで黒く大きなシミが出来上がっていた。
僕は汗ばんだ手で松田くんの手を強く握り締めていた。
生温かく濡れたパンツの感触はかなり気持ちが悪かった。そして水を吸ったジーンズが重くなっていく感覚は最悪なものだった。
でもそれ以上に松田くんの前でおもらしした事がすごくショックだった。
膀胱にたまっていた水がすべて吐き出された後も、僕は立ち止まったまま一歩も動けずにいた。

 僕が作った水たまりに白い月が映し出されていた。
僕は少しの間足元に存在する月を見つめていたけど、しばらくするとその月が涙で歪んで見えるようになった。
中学生にもなっておもらしするなんて、松田くんは絶対に呆れていると思った。 そして彼はもう僕と一緒にいてくれなくなると思っていた。
でも彼は僕が思っていたよりもずっとずっと優しい人だったのだ。

 頬に大粒の涙が零れ落ちて小さく鼻をすすった時、スニーカーをはいた彼の足が水たまりに映る歪んだ月を踏みつけた。
急に目の前が真っ暗になったのは月明かりが失われたせいではなく、松田くんの胸に顔を埋めたせいだった。
彼に抱き締められると心臓がドキドキした。松田くんの体温が僕を優しく包み込んでいた。
濡れたパンツの感触は気持ちが悪かったし、おもらししたショックは計り知れないものだった。 でも彼の温もりはそれ以上に心地のいいものだった。
「ずっと我慢してたのか?」
松田くんは小さくそう言って、右手で僕の髪を撫でた。
僕は何も言う事ができなかったけど、木の葉がざわめいて代わりに返事をしてくれた。
「何も気付いてあげられなくてごめん。お前が人一倍シャイな事はよく分かってたつもりだったのに」
更に強く抱き締められると、彼のシャツのボタンが冷たい頬に触れた。
あれは5月の涼しい夜の出来事だった。

*   *   *

 日曜日の午前10時。この時僕は松田くんと2人で映画館のトイレにいた。
広いトイレの中には僕たち以外に人の気配がなかった。松田くんは1番奥の個室に僕を押し入れ、自分もサッとその中へ入ってすぐドアに鍵をかけた。
それから彼は洋式便器のフタを開けてその前に僕を立たせた。
便器の奥には小窓があって、眩しい外の光が僕の姿を照らしていた。僕がその光に目を細めると、松田くんが本当に楽しげにこう言った。
「今日の映画、楽しみだな」
この時松田くんは背中の後ろにいて、ウエストの緩い僕のズボンを両手で引きずり下ろそうとしていた。
個室の白い壁には映画の宣伝チラシが何枚もベタベタと貼り付けられていた。
チラシに載っている金髪の美少年と目が合うと、僕は思わず 「見ないで」 と心の中でつぶやいていた。

 僕は緊張しながら自分の長いティーシャツをへそのあたりまで捲り上げた。
その時すでに僕の頬は熱くなっていた。これから行われる内緒の儀式は、僕にとってすごく恥ずかしいものだったからだ。
松田くんが僕のズボンとパンツを一斉に下ろすと、遂に僕の粗末なものが彼の目に晒された。
彼は左腕で後ろから僕を抱き締め、右手をその粗末なものにそっと添えた。
僕は黒いティーシャツの裾を両手でぎゅっと握り締め、ピカピカ光る便器を見下ろしていた。
「出していいよ」
そう言われても、いつもすぐには出なかった。
松田くんはそれが分かっていたから、根気強くその時がやってくるのを待ち続けていた。
白い洋式便器も、大きく口を開けて僕が放尿するのを待っているかのようだった。
「おしっこしたい」
彼と付き合い始めて1ヶ月が過ぎても、僕は一度もそのセリフを口にした事がなかった。 松田くんはそんな事を言わなくても定期的に僕をトイレに連れて行ってくれたからだ。
彼は僕が二度とおもらししないようにいつも気を遣ってくれていたのだ。

 「映画が始まっちゃうぞ」
優しい声で彼がそう言った時、僕の先端から勢いよく水が溢れ出した。
黄色っぽい水は斜め上に向かって飛び出した後急降下して便器の中へ吸い込まれていった。
松田くんが何も言わなくなると、個室の中におしっこの音が大きく響いた。
ほんの数秒後に水が止まる事はよく分かっていたけど、それまでの時間がいつもとてつもなく長く感じた。
小窓の向こうに人の気配がするとすごくドキッとした。
今の様子を外から人に覗かれたらどうしよう。そんな事を想像すると、ますます頬が熱くなった。
中学2年生にもなって人におしっこをさせてもらっているなんて、それは誰にも言えない秘密だった。
黄色っぽい水は最初は水道の蛇口をひねった瞬間のように大量に溢れ出し、それから徐々にその量が減っていった。
そして最後は蛇口を閉めた時と同じでポタポタと雨粒のような水滴が便器の上を流れ落ちていった。
小窓から差し込む日差しは、その様子を静かに照らしていた。
「上手にできたね」
そのすべてを見届けた時、松田くんが僕の耳に小さくそう囁いた。
蛇口が完全に閉まると、僕はすぐに両手で自分のズボンを上げようとした。
おしっこをするたびにパンツの中身をさらけ出す事は本当に恥ずかしくてたまらなかった。 だから用が済んだ後は一刻も早く粗末なものを覆い隠したかったのだ。

 しかしその日はちょっとしたハプニングが起こった。
僕がズボンを上げようとして腰をかがめた時、ほんの一瞬だけ松田くんの指が僕の敏感な部分に触れてしまったのだ。
「あ……」
すると一瞬体に電気が走った。僕は偶然先端に触れた彼の指に震えるほど感じてしまったのだ。
ずっと僕を見ていた松田くんが、その事に気付かないはずはなかった。
「気持ちいいの?」
松田くんは小さくそう言って僕の熱い頬に唇を寄せた。
僕は何も言う事ができなかったけど、外に響く物音が代わりに返事をしてくれた。
すると今度は松田くんの指が必然的に僕の先端を撫でた。
もう一度体に電気が走ると、その刺激が強すぎて思わずめまいがした。 小さくフラついた僕の体は、彼の左腕によってしっかりと支えられた。
松田くんの指はその後も僕に刺激を与え続けた。
急に頬と同じぐらい先端が熱くなり、その熱が一気に体全体に広がっていった。
僕の粗末なものは松田くんの手の中で見る見るうちに大きく膨らんでいった。
その先端が光っているのはおしっこのせいなのか別なもののせいなのか、もうよく分からなくなっていた。
僕はそんなものを松田くんに見られているのがすごく恥ずかしかった。でもそれ以上に彼の指の感触が愛しくてたまらなかった。
あまりにも気持ちがよくて、それから何度も体が震えた。
チラシに載っている金髪の美少年が、一瞬ニヤッと笑ったような気がした。
息を荒げて目を閉じると、僕を照らす光がシャットアウトされた。

 「出していいよ」
目を閉じた瞬間に、彼が僕の耳元でそう囁いた。
その時体の奥から尿意に似たものが押し寄せてきた。
「上手にできたね」
僕の先端から白い水が溢れ出した時、松田くんはまたそう言って褒めてくれるだろうか。
その答えは、もうすぐ分かりそうな予感がしていた。
END

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