好きだから、言えない 6
彼の部屋へ着くと、勇気は電気も点けずにすぐ俺をベッドへ誘った。もうその時俺は、何も考えられなくなっていた。ただどうしても勇気を抱きたいという気持ちだけは、抑え切れなかった。
「1週間も我慢したんだから、いっぱい愛してね」
彼は暗闇の中でベッドに横たわるとそう言って、その後すぐに洋服を脱ぎだす気配を感じた。
俺たちはすぐに裸で抱き合い、俺はあの日と同じように彼を愛した。
「あぁ……!」
彼と1つになると、勇気が大きく声を張り上げた。その日の彼は、今までで1番素敵だった。
部屋の中は本当に真っ暗で、その時の俺たちにはお互いの姿がろくに見えていなかった。 でも見えないからこそ興奮し、見えないからこそ大胆になれた。
「貴ちゃん、すごくいい」
俺が彼の中へ入って腰を動かすと、勇気は何度もそう言った。
彼が両手で俺の腰を引きつける。無言で、もっと奥まで入れて、と要求する。
「いっぱい愛してね」 と言ったくせに、勇気はほんの数分で精液を吐き出した。だけど俺も、ほとんど同時にすべてを吐き出していた。
体中を駆け抜ける快感。ぐったりした勇気の体。
これをすべて手離そうとした自分が、とても信じられなかった。
「早すぎた?」
暗闇の中手探りで後処理をしていると、勇気が小さくそう言った。そう言われても、俺もそうだったから何も言えない。
「早くこっちへきて抱きしめて」
それはまるで、あの晩とまったく同じだった。俺たちはその後、タオルケットの下で抱き合った。
彼を抱きしめると、ドキドキする小さな胸の鼓動がはっきり伝わってきた。
あの日バイバイ、とつぶやいたこの部屋でもう一度勇気を抱く事ができるなんて思いもしなかった。
俺は勇気がずっと黙っているので、彼はすぐに眠ってしまったのかと思っていた。
だけど数分後に彼が俺の耳元で小さく言葉を囁いた時、彼がずっとそれを言うタイミングを計っていたのだという事が分かった。
「貴ちゃん、怒らないで聞いてね」
「……何?」
勇気の姿はろくに見えなかった。そのせいで、今愛し合った事が夢のように思えた。
ただ、すぐ近くに彼の温もりを感じ、耳のすぐそばで彼の声が響き、その事で彼が近くにいる事をたしかに感じていた。
「紙オムツを用意したけど……使う?」
その言葉を耳にした時、頬がカッと熱くなるのを感じた。でも勇気は、話す事をやめなかった。
「貴ちゃん、もう1人で悩んだりしないで。僕にはなんでも話して。隠し事なんかしないで。 2人の力を合わせれば、きっとどんな事だって乗り越えられるよ」
俺はその時、また涙が出そうになった。勇気がこんな自分を受け入れようとしてくれている事が、はっきりと分かったからだ。
「僕、いっぱい泣いたんだよ。貴ちゃんはいつ誘っても泊まりに来てくれないから、本当は僕の事なんか好きじゃないのかと思って……」
勇気を泣かせたのは俺だ。いつも明るい彼を不機嫌にさせるのは、いつも俺だ。でも好きだからこそ、言えない事だってある。
「だって……言えなかったんだ」
その声は、もう隠しようのないほど鼻声になっていた。
「好きだから……言えなかったんだ」
枕を濡らしながら声を絞り出すと、暗闇の中で勇気の指が俺の唇に触れた。
彼はしっかりと俺の唇の位置をたしかめ、そこに柔らかい唇を押し付けてキスをしてくれた。
俺たちはそれからしばらく、ベッドの上でイチャイチャしていた。 気まぐれにキスをして、時々抱き合って、お互いの体に何度も触れ合った。
本当は朝までそんな幸せが続いてほしかった。でも俺は残業して疲れていたせいか、しばらく経つととうとうアクビが出てきてしまった。
そして俺は、ちょっと恥ずかしかったけど、彼に大事な事を尋ねた。 この前みたいな失敗をもう二度と繰り返したくなかったからだ。そして、もう絶対勇気にバイバイしたくなんかなかったからだ。
「ねぇ勇気……あれ、どこにあるの?」
「ここだよ」
勇気は俺の言う 「あれ」 をちゃんと理解してくれた。彼は枕の下に手を入れ、そこからゴソッと音をたてて紙オムツを取り出した。 その様子は暗くて目に見えなかったけど、その気配はちゃんと感じ取っていた。
「僕が着けてあげようか?」
彼がそう言って俺に寄りそった。でもそれだけは絶対にカンベンしてほしかった。
「自分でする。トイレに行ってくるけど、絶対電気は点けないで」
俺は慌てて彼の手からそれを奪い取り、暗闇の中急いでベッドを飛び下りた。しかし慌てていたために、またドジってしまった。
床の上に下り立った途端何か硬い物を踏んづけ、おまけにズルッと滑って転んでしまい、最終的にはベッドの足に頭をぶつけてしまったんだ。
その瞬間、ガン、と大きな音が部屋の中に響き、手に持っていた紙オムツが俺の手を離れてどこかへ飛んでいってしまった。
一瞬、頭の中が真っ白になった。そして体が宙に浮いたような錯覚に陥った。
でも次の瞬間後頭部に鈍い痛みを感じ、俺は右手で頭の後ろをさすった。するとそこに大きなタンコブができている事がはっきりと 分かった。
「痛い……」
暗闇の中で半ベソかきながらそうつぶやくと、ベッドがガタッと揺れる音が聞こえた。 きっと勇気がベッドの上に起き上がったんだ。
「どこぶつけたの? 大丈夫?」
大丈夫じゃないよ、と言いたかったけど、あまりの痛さに声を出す事すらできなかった。
俺はどんどん膨らんでいくタンコブをひたすらさすって、なんとかその痛みを取り除こうと必死だった。
「僕、貴ちゃんが大好きだよ」
暗闇の中に勇気の声が響いた時、後頭部をさする手が思わず止まった。
すると、不思議な事に頭の痛みはもう感じなくなっていた。勇気の声は、痛みを和らげる1番の薬だった。
「一緒に暮らそうよ」
暗闇の中に、また彼の声が響いた。
それは、生まれて初めて俺の恋が実った瞬間だった。
END